本記事の執筆・市場調査機関

企業概要:

株式会社ノークリサーチ
27年に渡り、日本の中堅・中小企業のIT活用に関する市場調査とコンサルティングを提供している第三者調査機関。

筆者略歴:

シニアアナリスト 岩上 由高(いわかみ ゆたか) 博士(工学)
ITアナリスト歴17年目。ジャストシステム、ソニーグローバルソリューションズ、ITベンチャー企業数社でシステム開発/運用、プロダクトマネージャ、CTOなどの経験を積む。そこで培った知見と人脈を生かしながら、幅広いIT活用分野における市場調査とコンサルティングに従事。

DX推進やAI活用の更なる拡大が予想される中、HCI(ハイパーコンバージドインフラ)はサーバ/ストレージ環境の新たな基盤として引き続き注目を集めています。ですが、BroadcomによるVMware買収の影響は大きく、ユーザ企業とIT企業の双方がその対応に追われています。本稿ではユーザ企業が抱える課題を踏まえながら、HCI市場の拡大に向けてIT企業が取り組むべきポイントを解説していきます。

1.Broadcomによる買収で何が起きたのか?

Broadcomは2023年11月にVMwareの買収完了を発表し、その後VMware製品のラインアップやライセンスの変更を進めてきました。その中でも、ユーザ企業とIT企業の双方に多大な影響を与えているのが、サーバ仮想化基盤である「VMware vSphere」に関連する以下の変更点です。

  • 「VMware vSphere」単体の販売は行わず、サーバ/ストレージ関連は以下の4つのスイート製品に集約する
    • VMware Cloud Foundation(VCF)
    • VMware vSphere Foundation(VVF)
    • VMware vSphere Standard(VVS)
    • VMware vSphere Essentials Plus(VVEP)
  • 物理CPU単位の課金からコア単位の課金へ変更する
  • 買い切りライセンスを廃止し、サブスクリプションのみとする。

この変更によって、多くのユーザ企業ではサーバ仮想化環境の導入/維持コストが大幅に増えることになります。またVMwareは「VMware vSphere」によってサーバ仮想化基盤としてのシェアが突出していることに加えて、HCI市場でもSDS(Software Defined Storage)基盤である「VMware vSAN」によって大きな存在感を示しています。そして、この「VMware vSAN」も今回のラインアップ/ライセンス変更の影響を受けます。その結果、BroadcomによるVMware買収はHCI市場の伸長を阻害する一因にもなっているわけです。さらに、Broadcomが販売チャネルの整理/選別を強行したことで、日本国内のベンダや販社/SIerにおいても従来の販売/サポート体制が維持できなくなるケースが発生しています。

2.HCIの導入やサポートに与える影響

こうした状況はユーザ企業から見たHCI導入にどのような影響を及ぼすのでしょうか?

以下のグラフはHCIの導入を検討中または予定しているユーザ企業に対して、製品選定や投資対効果に関連する課題を尋ねた結果です。

HCIにおける製品選定や投資対効果に関する課題(複数回答可)

導入検討中と比較すると、導入予定のユーザ企業では「自社に適したHCI製品が見つからない」(青帯)と「価格に見合う効果があるか分からない」(橙帯)の差が大きくなり、後者の方が高い値となっています。つまり、検討を経て具体的な導入予定の段階に入ると、多くのユーザ企業はHCI導入の投資対効果を改めて検討するようになるわけです。このタイミングで買収によるコスト増に直面してしまうと、予定していたHCI導入を見送るケースも出てくると考えられます。このようにVMwareが買収されたことによるコスト増の影響は順調に伸びてきたHCI市場の伸長を抑止してしまう可能性があります。

また、以下のグラフはHCIの導入を検討中または予定しているユーザ企業に対して、サポートやベンダ選定に関する課題を尋ねた結果です。

HCIにおけるサポートやベンダ選定に関する課題(複数回答可)

導入検討中では「特定のサーバベンダに依存してしまう」(橙帯)の割合が「サポート窓口が複数に分かれてしまう」(青帯)を上回っていますが、導入予定では逆の結果となっています。つまり、HCI導入の検討段階ではベンダロックインを懸念する割合が相対的に高いものの、具体的な導入予定の段階ではサポート窓口の一元化を重視するユーザ企業が多くなるわけです。これまで、HCIを展開するサーバベンダやディストリビュータはHCI基盤ソフトウェアとサーバハードウェアのサポートを一元化する取り組みを進めてきました。ですが、BroadcomがVMware製品をサポートできるディストリビュータを限定したこともあり、サポート一元化に関連した課題が従来よりも発生しやすくなっています。この点もHCI市場の伸長を抑制する要因の1つとなると考えられます。

3.HCI市場自体は今後も成長していく

ただし、これまで述べたのはHCIの基盤としてVMware製品を用いた場合のみに起きる問題です。実際にはHCI基盤ソフトウェアの選択肢としてはVMwareの「VMware vSAN」だけでなく、Nutanixの「NCI(Nutanix Cloud Infrastructure)」やMicrosoftの「Azure Local(旧:Azure Stack HCI)」および「Windows Server(S2D)」などがあります。NutanixはHCIの草分け的な存在であり、HCI基盤ソフトウェアの市場ではVMwareと双璧を成す豊富な実績を持っています。一方、「Windows Server(S2D)」はWindows Server OSの機能を利用することによってコストを抑制できる点が差別化ポイントの1つとなっています。このように様々なHCI基盤ソフトウェアを搭載したサーバハードウェアが各ベンダから提供されています。並行して、サーバ仮想化基盤についても脱VMwareの動きが活発になりつつあります。例えば、HPEの「HPE VM Essentials」はKVMを採用し、管理ツールとしては同社が昨年買収したMorpheus dataの資産が活かされています。VMware買収で生じるマイナス面はあるものの、こうした幅広い選択肢が既に存在するため、HCI市場全体で見た場合には今後も規模が拡大していくと予想されます。
昨今のHCI市場は「VMware買収で生じる問題への対処」(≒現在目に見えている範囲内の市場における対応)に注目が集まりがちです。当然ながら、課題に直面しているユーザ企業を支援し、必要に応じてVMware製品の代替手段を提示することはIT企業が果たすべき重要な役割です。

ですが、同時に今後の新たな市場に目を向けることも大切です。以下のグラフはHCI導入を検討中のユーザ企業、導入を予定しているユーザ企業、さらにはHCI導入を過去に検討したが現在は停滞しているユーザ企業に対してHCIの設置場所に関する課題を尋ねた結果です。

HCIの設置場所に関する課題(複数回答可)

導入検討中や導入予定と比べて、停滞中のユーザ企業では「店舗/工場などには狭くて導入できない」の割合が高くなっています。逆に言えば、店舗や工場を含む様々な業務場面でHCI導入が進めば、更なる市場拡大が期待できることを上記のデータは示しています。

一方、昨今では現場業務におけるAI活用に注目が集まっています。ChatGPTを始めとする生成AIサービスはブームとも言える熱気を帯び、関連ニュースを目にしない日はありません。ですが、企業が本格的に生成AIを活用しようとすると、データの管理/保護や正確性の担保などといった観点から、外部のクラウドサービスだけに依存しないオンプレミスのAI活用基盤も今後は必要となってきます。その際にはシンプルなシステム構成でありながら、データ量と計算量の双方が増大した場合でも柔軟に対応できるHCIが重要な役割を果たすわけです。実際、Nutanixの「GPT-in-a-Box」のようにAI活用を見据えた具体的な製品も既に登場しています。

4.必勝法は「幅広い選択肢を持っておくこと」

このように今後のHCI導入提案で成果を上げるためにはVMware買収に伴って発生したコスト面の問題を解決する代替策に加えて、近い将来を見据えた新たな市場に目を向けておくことが大切です。VMware買収に伴う問題を取り扱った記事には「VMware vSphereの買い切りライセンスと比較した場合のコスト増」に焦点を当てたものが比較的多く見られます。ですが、IT企業が今から考えておくべきなのは「拡張性が高く、今後のAI活用時代に更なる成長が期待できるHCI市場をいかに活性化していくか?」という点です。そのためには下図が示すようにVMware環境の維持だけに固執せずに、様々なベンダが提供するHCI基盤を上手く取捨選択して提案していくという視点を持つことが大切です。

今後のHCI市場